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英文法って必要なんですか?

Q:英文法って必要なんですか。英語も日本語のように、話し、聞き、読み、書くことでやんわりと理解できるようにならないんですか。

A:英文法は必要です。また、やんわりと理解できるようになるというのはおそらく無理でしょう。

そもそも、我々が日本語を人並みに話せるようになるまで、どのくらいの時間、日本語に触れていたかということを計算してみればすぐにわかるのですが、例えば、生まれた直後の子どもが3歳くらいになるまで、仮に1日8時間、もちろん連続ではありませんが、周囲で聞こえている日本語(周りの人の話し声、テレビの音など)を無意識のうちに耳に入れていて、これが365日、3年間となると、極めて大雑把な計算ですが、合計で8760時間になります。

一方、我々は中学校・高校で合計6年間、英語に触れる機会があるわけですが、この6年間という年月はほとんど意味のない数字です。なぜなら50分授業を週に3回、理想的には年間35週、6年間を掛け算しても、せいぜい525時間です。(これも50分間全てが英語というわけではないでしょう。また進学校などで週に6回とか英語の授業があるところもあるでしょうが、それでもこれを2倍するだけです。)また、仮に英語の授業できちんと予習、復習をしていたとしても、まさか50分授業1回分に1時間も2時間も時間をかけてやるということはないでしょうから、ここからさらに2倍、ということにもならないはずです。

つまり、母語として身につける言語と、外国語として学習する言語には、入ってくる分量、あるいはその言語に触れている分量という意味において、圧倒的に大きな差があるわけです。6年間も勉強したのに全然英語が使えるようにならない、ということを言う人はたくさんいますが、質的な部分もさることながら、量的に見て全くといっていいほど不足しています。

要するに、学校で習う勉強だけで英語を身につけよう、というのははっきり言って無茶な話です。不可能です。(だから外国語は自学自習が重要である、という話はここでは触れませんが、言わずもがなのことです。)

大人が必要に迫られて英語を学習することになったとき、例えば通勤時間などを使って1日に3時間、英語に触れるような状況を作ったとしても、せいぜい1年間で1000時間を超える程度にしかなりません。もちろん全くやらないことに比べれば有益な学習量ですが、それでも母語と同じレベルまで外国語能力を高めることはできないでしょう。

さて、そうはいってみても、世の中に英語の達人はたくさんいます。そういう人たちはどのようにしてこの学習時間の差を埋めていったのでしょうか。

日本国内だけで考えても、英語教育には150年以上の歴史があります。我々の先輩たちは様々な試行錯誤の中で最も効果的な英語学習方法を研究し、それに基づいて英語教育が行われてきたわけです。そして英文法というルールは、長い年月をかけて改良が重ねられてきた道具であると言えます。もしも仮に英文法を学習するということが英語学習上、さほど重要でなかったとするならば、我々の先輩はそれをとっくに捨て去っていたことでしょう。(文法の考え方にも流行り廃りがありますし、さまざまな教授法もありますが、これにも触れないでおきます。)

英文法を知らない人が多量の英文に触れ、そこからやんわりと英語を理解できるようになる、という状況を野球に例えてみましょう。皆さんは野球のルールを全く知らない、という状況をイメージして下さい。

テレビをつけるとこんな場面が映っていました。大人が二人、離れて向き合って、一人が丸い玉をもう一人に向かって投げつけます。そして四角い枠の中に立っている方は飛んできた球を木の棒のようなものでたたこうとしています。そして飛んできた球は木の棒にぶつかり、投げた人の方へ転がるように飛んでいきました。

すると木の棒を持っていた人は突然、白線の上を走り始めました。最初は全力で走っています。次第に走るスピードが落ちてきて、白線の途中であきらめるようにとぼとぼと歩きだしました。観客の半分は喜び、観客の半分は残念そうな顔をしています。

そうかと思えば、こんな場面も映し出されました。四角い枠の中に立っている人が飛んできた球を強く打つと、弧を描いて大きく飛び、正面前方の柵を越えました。木の棒を持っていた人はゆっくりと、遠回りをしながら走って、なぜか最初にいた四角い枠の所に戻ってきました。スコアボードを見ると、なぜか点数が増えています。観客の半分は喜び、観客の半分は残念そうな顔をしています。

もうお分かりでしょうが、これが英文法を知らずに英文に触れて苦闘している状況です。内野ゴロやホームランというルールがあることを知っていると、野球を見ても楽しむことができるでしょう。逆に言えば野球を楽しむためにはルールを知る必要があります。また、全くルールを知らない状態で試合を繰り返し見たとして、そこからやんわりと、自然に野球のルールを覚える、というのは無駄が多すぎます。

英文法のルールを先に覚えてしまうと、きっと楽しくなるはずです。(もちろん単語を覚える必要もありますが、それはさしずめ選手の名前や野球用語を覚えるようなものです。これらを全然知らないと、やはり試合を見ていても面白くないでしょう。

英語を身につけるために母語の獲得の時と同じだけの時間をかけることはできません。でも工夫次第で効果的に身につける方法はあるはずです。

その一つが英文法です。文法が不要と思っている人はいませんか?野球のたとえ話ではありませんが、文法の持つ役割をちょっと見直して欲しいと感じます。
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