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EUと言語の統一

Q:EUは言語を統一すればいいのではないでしょうか。

A:とんでもない!!暴論です。身の回りのあらゆることが単一の言語で片づいてしまう国ではこんな議論が出てくることもありますが、むしろこのような国の方が数の上では少ないということをしっかり認識してもらいたいと考えます。

西ヨーロッパだけで考えてみても、英語以外に40もの言語があります。この中には話者数が減っていて、この先消滅してしまう可能性のある言語も多数含まれます。EUだけでなく様々な動きの中で地域言語の持つ力はますます弱くなってしまい、衰退の道をたどることが危惧されます。とはいえ、これはある意味避けられないことかもしれません。言語学大辞典によると、例えばケルト諸語は「一般的にみて死滅に向かう言語」とされています。

言語が失われていくのを止めるのが非常に難しいのは事実です。社会生活を送る上で多言語併用が必要不可欠になっている国はたくさんありますが、その中で人々が「力のある言語」に集中していくのは当然考えられることで、やむを得ないことと言えます。また、これまでにも戦争や疫病により、多くの言語が失われてきました。教育などの場を通じて「伝統文化」を残す動きはたくさんありますが、「言語」も同様に残していくべき遺産であると言えるでしょう。幸か不幸か日本語はあまりにも強力な言語になってしまったため、我々がこのような少数言語の現実について考える機会は減ってしまっています。

正確に調べたわけではありませんが、例えば、大学4年間の全ての授業がその国のいわゆる第一言語だけで行うことができる国は20にも満たないはずです。幸いなことに日本はその中の一つです。明治以降の翻訳文化により、日本語は大学レベルの学問ができる「力のある言語」になりました。一方、現在多くの国、例えばアフリカなどでは、自らの第一言語だけでは大学教育が成り立たず、英語やフランス語などに頼っている国が非常に多いわけです。

世間では複数の言語が話せることが幸せだと考えられる傾向がありますが、これも考え方次第では非常に不幸な話なのかもしれません。誰にとっても、一番話し慣れた自分の母語と異なる言語によってしか高度な情報を獲得できないこと、またその言語でコミュニケーションを取らなければならないことは、個々人にとっても、社会全体のコストから考えても、決して容易なことではありません。

もちろん政治的な理由で言語を統一しようとするのもとんでもない話です。これは日本がアイヌに対して行ってきたことからもわかります。アイヌについては、例えば20年前と比べると復興のための大きな手がかりをいくつも手に入れてきていると言われていますが、それでもまだまだ不十分のようです。そして一度政治的に動いてしまうと、もはや取り返しがつかなくなってしまう問題でもあります。

世界人権宣言や国際人権規約には言語による差別があってはならないこと、自己の言語を使用する権利について述べられています。10年以上前に出版された「ことばへの権利」という本もありますが、「言語権」への注目はまだまだ不十分なのかもしれません。この本の表紙には「すべての言語は十分な発展を可能にする条件を享受すべきである。」と書かれています。

「EUは言語を統一すればいい」という見解は、極端に考えれば「世界の共通語は英語だ」という見解に繋がります。しかし、果たしてそれで良いのでしょうか。

先人たちの努力により、日本語は十分に発展することができました。これから日本語はどうなるのでしょうか。英語に飲み込まれていくのでしょうか。

まずは多くの人に「言語権」という考え方を知ってもらいたいと思います。

そしてみなさんはどんな姿勢で英語を学んでいきたいですか。また、日本語をどう考えますか。
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